最弱メンタル看護師マン

誰かの助けになれば。

褒められる

私はあんまり褒められた記憶がありません。

 

特に親には!!!

 

つい、力が入ってしまいます笑っ

 

これは、色々思い出があり、それを話したって暗くなるのではしょります。

 

 

とりあえず褒められた記憶があまりありません。

 

ということで、

 

直接親に聞いてみました。

 

あんまり俺のこと褒めたことないよね??

 

そしたら、

 

え?そうだっけ???

 

本人は全く自覚ないようでした。

 

褒められてないと意識してるのは俺だけだったのねーーー笑

 

って感じです。

 

子供っぽい話ですが、

褒められるって自分にとってはすごく嬉しいことです。

自分はここにいていいんだなって思えます。

 

でも、これって自分の評価を人に委ねてることになります。

 

分かっています。

これじゃいけないと。

自尊心が低くなるだけだと。

自分が自分を認めないとどうしようもないと。

 

でも、なかなか抜け出せない自分がいます。

 

だから、

逆に人に怒られるとすごく落ち込みます。

 

あーもったいない。

 

自分の人生なのに。

 

自分で自分をなんで褒められないのかな?

 

って考えますが、

 

単純に、自分で褒めても嬉しくありません。

 

それはなんでかな?

と考えてみます。

 

自分に自信がないから。

自分=客観的でない。

 

という理由に行き着きます。

 

自信がないから、人に認めてもらいたい。

客観的なことに根拠がある。

 

って思うんですね。

 

これって行き止まりじゃん!

 

では、行き止まるのはなぜか?

と考えてみました。

 

これは癖なんでしょうか、

仕事柄なのか、

なんなのか、

 

 

問題点を見つけて、

そこから改善策を見出そうとします。

 

ですが、これが病気とか、障害とか、会社の問題とかならいくらか役に立ちますが

自分の人生にこの方法を当てはめると悲しいだけです笑

 

自分の人生の問題点を見つけて

正直得したことはありません。

 

理由が分かるだけでもうすでに何もできないことが多く、

また、人には長所、短所があるのが当たり前なので短所を無くすことに無理があります。

 

何が言いたいのかわからなくなってきましたが、

 

 

自分の芯になる所に他人の意見を左右させることは危険なことなんですね。

 

 

マナーとか、技術とか表面的な能力はいくらでも改善できると思うし、人からの評価も必要でしょう。

 

しかし、自分の芯、つまり、自分の信念、考え方、存在価値など、自分で作って認めていくしかないと思います。

 

表面的な能力と、自分の芯となる所に、線引きができてないんでしょうね。

 

だから、技術的なもので、怒られても自分の存在価値がないように思えるし、

 

逆に技術的なことを褒められただけなのに、自分の存在価値が認められてような気がして嬉しいのでしょう。

 

 

 

それを理解していけば、人と他人との正しい線引きに繋がっていく気がします。

 

 

※ところでなんですけど、文章書くと自分の考えに整理つきますねーー🤤

 

スッキリしましたー☺️

 

 

 

 

 

 

 

 

西野亮廣さん

キングコングの西野さん。

 

私はなんとなーくで嫌いでした笑

 

バラエティでも大して面白いとも思わなかったし、なにしてるかわからない人ですし。

 

でも、今日西野さんの本、動画などみて大好きになりました笑

 

とくに著者の革命のファンファーレ。

 

これはとても衝撃的でした。

f:id:musclemicchan:20180311212441j:image

 

帯には西野はマジシャンで簡単にそのマジック種明かしをする。でも、天才マジシャンであることを忘れてはならない。

みないなことが書いてありました。

※帯はすぐ捨てるので正確には覚えていません

 

なーに言ってんの?

 

って素直に思いましたが、読んだ後はこの人天才やんって思いました。

 

種明かしをするのはただ優しいだけじゃなくて、種明かしするメリットを考えて確実にリターンがくることを計算して行動しています。

 

すごい。

 

そして、その本の中で、印象に残っていることは信用が大切である、ということ。

 

お金がなくても、信用があればお金、人は集まります。

 

最初は結局そこね。それは分かってる。

信用得るのが難しいんじゃん。

しかも、看護師新人の自分にはとても無理でしょー

 

って思っちゃいました。

 

でも、その言葉の意味が本を読み終わって少し分かった気がします。

 

信用とはただ技術が有る無しのことではなく、その人個人の信用です。

 

例えば、私なら看護師としての信用はなくても、人としての信用を得られる方法があるのではないかと思いました。

 

西野さんは信用を得る1つの方法として、嘘をつかないということを紹介しています。

 

これって何かの専門的な技術とかではなく、人としての生き方に近い方法だと思います。

 

これだったら、私にもできるって思いましたし、てか、元々嘘をつくのが苦手です。

 

それが原因でよく先輩には怒られたりしましたし、友達とも喧嘩したことが何回もあります。

 

それって信用得られてないってことじゃないのか?

 

そうでもないと思います。

 

不思議だったんですが、必ず1人はその場所毎にかなり私のことを好いてくれる人がいます。

 

しかも、深く、長く付き合うことが多いです。

 

職場では、技術はなくてもある患者には信頼され、泣いてお礼も言われたことがあり、

 

先輩であっても、その方とは毎日電話できたり、本音で話せたりします。

 

学校では、なぜか、私のことを尊敬する!って言う人がいてくれます。

 

なぜだろうって思ってました。

 

でも、これって私という性格を素直に出せて、それに共感してくれる人です。

 

つまり、これもある意味信用を得たのではないかと。

 

信用には人の数も大切ですが、深さも大切な気がします。

 

あーまだまだできることあるじゃんって思えました。

 

なにかをすれば必ず反発を受けます。

でも、

同時に誰かの信用も得る気がするのです。

 

その信用してくれる人を大切にして、そこからまた、考え会う人とつながっていくことが大切なのかもしれません。

 

どうしても、嫌われることに目が行きがちですがそれでは全てが中途半端になります。

 

まずは大切にする人、事をしぼってそのために行動していこうって思えた日でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やりたいことをやる

自分のやりたいことをやる。

 

ということを最近よく考えます。

 

やりたいことというのは、

理想のようなイメージあって、

とてもハードルが高いものに感じていました。

 

例えば、

自分の好きなことを仕事にする。

好きな人だけと交流する。

好きなだけ自分の時間に使う。

 

などなど。

 

これって常識的に考えると、

普通はとても困難です。

※常識って言葉は嫌いですが

 

仕事であれば好きなことだけしてたら、仕事が回らないし、

 

会いたくない人とも話さないといけない機会もあり、

 

仕事の時間は決まっているし、、、

 

 

だから、

起業や転職しなければいけないんじゃないかと考えがちです。

 

 

あーめんどくさいな。

 

と、速攻でこの気持ちが湧いてきます。

 

じゃあ、無理でしょ?

って言われそうですね笑

 

ですが!ですがですよ?

 

起業や転職って自分の周りの環境を変える方法ですよね?

 

環境を変えるってめちゃくちゃ大変です。

 

職場の雰囲気や、ルールなんてもってのほか。

 

あ、てか、やりたいことをやるって

そもそも環境を変えることが全てなん?

 

て疑問を感じ、なんか違う気がしてきました。

 

そもそも、環境や、他人は関係なく、

自分を素直にして、純粋にやりたいって思うことをやることが、

 

やりたいことをやる

 

はずです。

 

なんでもいいはずです。

 

例えば、私は人と話すことが好きです。

仕事場では患者さんですね。

 

なら、患者さんとどんどん話せばええやん。

 

って、気づきました。

 

とても、簡単にできんじゃん!

 

って今更きづきました笑

 

何が言いたいのかというと、

 

自分のやりたいことって立派、立派でないなどの常識とは関係ない。

 

今の環境でもできることがある。

 

やりたいことは1つである必要がないため、どんどん見つけてできることからやればいい。

 

ってことです。

 

めんどくさいなって感じるのも悪いことじゃなくて、今したいことではないだけかもしれません。

 

やりたいことやってる時ってめんどくさいとか1ミリも感じません。

気づいたらすぐやってましたし笑

 

このブログだってそうです。

 

 

あーなんで気づかなかったんだろう

って考えたんですけど、やはり看護師としての常識と、職場の人間関係を気にしてたんですよね。

 

例えば看護師は、時間通りに終わることがプロみたいな決まりありますし、

 

話してばかりいると先輩とかに怒られるんじゃないかと思ってましたし。

 

怒られても、否定されてもやるのが自分だったのになー

 

ちょっとまた、自分のやりたいことを見つめなおして、簡単にできることからまた始めていきたいと思います。

 

そこからなんか面白そうなことが起こる気がプンプンするので。。。

 

 

 

 

 

偉いとは

偉いとネット調べると、

 

1.経歴、才能が立派なこと

2.身分が高いこと

3.程度が甚だしいこと

 

などが出てきます。

 

でも、時々

 

私は年上だから偉い。

私は上司だから偉い。

私は経験が長いから偉い。

 

と言って、もしくはその雰囲気を出して

私は偉いという人がいます。

 

すごーく違和感を感じるんですよね。

 

私は、

年上だから、

なにかの経験があるから、

上司だから、

偉いと思ったことがないため、

それを相手に意識しないで怒られることもあります。

 

そもそも、偉いって自分が決めるものでしょうか?

 

なにかを成し遂げて、周りが偉いと評価されるものではないかと思います。

 

そのため、自分は偉いと思い、それを周りに分からせるような行動を取る人がよく理解できませんし苦手です。

 

だいたい、そういう人は

あなたは上だと私が意識していることを知らせて、話さないとコミュニケーションが取りづらいからです。

 

めちゃくちゃめんどくさくないですか?

 

どうせ、人と人なんですからそれを意識せず普通にコミュニケーションをとれば効率的だし、素直に意見も言いやすい。

 

先日たまたま、オーストラリアに留学した友達に話を聞く機会があったのですが、

 

英語には敬語があまりなく、上下関係なくタメ口で話す感覚だそうです。

 

1人の意見ですので間違いでしたらすみません。

 

でも、それを聞いてとてもびっくりしました。

 

こんなに上下を気にするのは日本だけなん?

 

敬語があまりなくてもコミュニケーションをとっている世界があるん!?

 

てな感じで。

 

私はアドラーが好きですが、アドラー

 

 

人間は縦の関係ではなく、横の関係を築くべきだ。

 

年齢、親子、上司部下関係なく意見を言うべきだ。

 

との述べています。

 

その意見にとても共感できます。

 

同じ人なんだからお互いの存在を認めて素直にコミュニケーションをとれればとてもすばらしいことだからです。

 

ですが、なかなかそれができていないのが現状です。

 

我慢をすることがほとんどですし、

意見も言いづらいこともあります。

 

これって何を生むんでしょうね?

 

ただ非効率、苦痛、相手の自尊心を満たすということしか思いつきません。

  

ちなみにタメ口でなんでも話せ!

 

ということではなく、お互いがお互いの存在を認めて、話し合えることができるコミュニケーションが増えればなーと思います。

 

でも、とやかく言う前に

自分から行動しないと何も変わらないんですけどね笑

 

頑張ります!

 

 

 

 

愛されると感じること

皆さんは誰かに愛されるって感じれますか?

 

私は最近あまりなかったように感じます。

 

それは、愛されると感じるのが彼女からだけを対象にしていたからだと思います。

 

元々、親と仲はよくなく、愛されてると感じてませんでしたし、

 

現在彼女がいないので、より誰からも愛されていないと感じやすいのでしょうね。

 

でも、今まで、よく考えて振り返ってみると、

誰にも愛されてなかった時期なんてありません。

 

それは、親だったり、職場の仲間であったり、友達であったり。

 

1人からも愛されていなかった時期なんてありませんでした。

 

ただそれに気づけていないだけ。

 

ただ自分が満足できていないだけ。

 

もちろん、今は連絡を取らない人もいますが、

 

また、自分を慕ってくれる人が必ずでてきました。

 

現在は親以外では、

 

看護師の先輩で、看護師歴20年の方です。

 

ベテランの方ですが、1年目の私にもとても優しくしてくださり、何回も助けられました。

 

いい意味で友達感覚でラインでなんでも相談できます。

 

幸せなことですよねー。

 

愛されるってなんか、恋愛だけに目がいってしまう自分がいるんです。

 

だから、

 

彼女いない=愛されていない

 

となりやすいんですよね。

 

視野が狭くなってるんでしょうね。

 

被害者意識、もしくは、自己顕示欲が強いのかもしれません。

 

こんな人生ってもったいないなと感じます。

 

誰からも愛されていないと感じながら生きるのって全然楽しくありません。

 

そのままであればこの先も楽しくありません。

 

だから、このことからも人生は自分次第なんだなって実感します。

 

事実というのは、真実ではなくて自分が気づくか気づかないだけ。

 

気づいて、感じればそれが自分にとっての事実なんだと。

 

私はいきてる限り24時間楽しく生きたいです。

 

これは昔からずーっと考えいましたから、みんなから言われる、

 

これが普通だ。

 

仕事はそんなもんだ。

 

お金のために我慢する。

 

などなど、世間の常識的なことに何回も違和感を感じていました。

 

言ってることは理解できますが、

 

それって楽しいの???

 

って思ってしまってその通りにしませんでしたし、好きなようにしてきました。

 

時には注意されても、楽しくないからしないと意見も言って対立したこともあります。

 

いつからか、これをしなくなりました。

 

世間からはずれている自分がダメだから、

なにもかもうまくいかないんだと考えていました。

 

なぜ、こうなったのかは分かりませんが、いつのまにかそうなってました。

 

自分のままでいいと、

いつのまにか、そうでなかったと、

気づけたのは愛されていると気づけたからです。

 

自分の素をだして、それでダメでもいい。

 

でも、必ず1人は共感してくれる人がいるんだという気持ちを大切に生きていきたいです。

 

 

期待しない

最近期待しないようにしています。

 

人に。

 

なんで、人間関係にこんなに悩むのか?

 

考えた結果こうしています。

 

なぜか?

 

無意識に他者に対して何かを求めていたんですよね。

 

何かしてあげたから感謝してしてくれるだろう。

 

こんなに尽くしてるんだから好きになってくれるだろう。

 

頑張ってるから怒られないだろう。

 

こんな予想は、ほとんど外れますし、だいたいイライラするか、落ち込みます。

 

常識的にここはこうするだろ!って思う場面であってもしてくれないことも多いです。

 

でも、

 

これって何かおかしいなって気づきました。

 

他人はいい意味でも悪い意味でも他人です。

 

自分のために何かしてくれること、

 

つまり、自分の思い通りに動くこと自体奇跡に近いことなんですよね。

 

だって、

血の繋がりがあるわけではないし、

考え方も違うし、

年齢も違うし、

 

他者は他者。

 

だから、この人はこういう人だ。

 

でも、自分はこうする。

 

このようにシンプルでいいはずです。

 

そうした結果、

 

その人との適切な距離が保てるようになりました。

 

人に対しての依存や、干渉がなくなった気がします。

 

また、少し落ち込んでも気持ちの切り替えが早くなった気がします。

 

期待しないというのはネガティブなイメージかもしれませんが、

 

本当はごく普通であり、

 

人間関係に必要な気がします。 

 

 

 

意見を言うか、言わまいか。

以前、私はあまり意見を言わないタイプでした。

 

特に先輩には。

 

なぜかというと、言い訳にとられて余計に怒られるのではないか?

 

さらに喧嘩になってめんどさくなるのではいか?

 

というのが主な理由です。

 

ですが、黙ったままでいると余計に言われるようになります。

 

特に怒られるときには。

 

分かっていたのですが、なかなか意見は言えませんでした。

 

自分なりに考えいつも行動していたのですが。

 

 

でも、それを言おうと思って今日それを意識してみました。

 

たった1日しかまだ試してないですが、少し変化が見えました。

 

まず、相手との距離が取れるということです。

 

言われっぱなし、怒られっぱなしの時は一方的で、相手に支配されることになります。

 

その時は、相手が完全に上で相手がどんどんこちらの土俵に土足で入ってくる感じです。

 

それでは、何も行動できません。

 

だから、こちらの土俵に入られる前に少し意見を言ってみました。

 

そしたら、あちらの支配を少し跳ねのけられた気がしました。

 

そしたら、いい感じに距離を取れ話し合いができるスペースが少しですができたのです。

 

話し合いができる時はとても身のある時間となりました。

 

やはり、意見を、少しずつ言っていくは大切だと感じました。

 

しかし、悪魔で対等に、威圧的にはならないことです。

 

しかも、先輩が相手なら生意気だと言われることもあると思います。

 

しかし、何も考えてないと決められるより全然マシだと感じました。

 

これか!と。

 

人との距離。

 

相手に支配されない人生。

 

すごく嫌われるのが怖かった私が、嫌われても適度に距離をとることの大切さを知った瞬間でした。

 

どうせ、誰からも好かれるとか無理なんです。

 

ならば勇気を持って意見を言っていく必要があります。

 

その意見が間違いであっても、その間違いに気づき必ず成長につながります。

 

 

勇気。これを大切にしてまた仕事、プライベートを頑張ろうって思えた一日でした。